毛利綱広―藩政安定に尽くした中期藩主
毛利綱広
江戸時代前期の大名。毛利氏16代当主・長州藩(萩藩)2代藩主として1651年に父の毛利秀就の死去により家督を継いだ。幕府との関係を意識しつつ藩政に励み、萩と三田尻を結ぶ萩往還の整備や「万治制法」と呼ばれる藩法の整備などを行い藩の基盤を整えた。反骨的な面もあり、徳川家に仕えることを良しとしない態度を取ることもあったが、家臣らの説得により1682年に長男に家督を譲って隠居した。
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