自由主義運動に揺れながら王権の絶対性を守ろうとした第4代プロイセン国王
フリードリヒ・ヴィルヘルム4世
プロイセン王国の国王で、1840年から1861年まで在位した。フリードリヒ・ヴィルヘルム3世とルイーゼ・フォン・メクレンブルク=シュトレーリッツの長男で、ヴィルヘルム1世の兄。ロマン主義やキリスト教、王権神授説の影響を強く受け、身分制に基づく君主制を理想とした保守的な君主だった。一方、建築・芸術を愛好し、ベルリンとポツダムの都市景観や文化施設の整備、ケルン大聖堂の完成などを支援した。1848年革命では一時的に自由主義勢力へ譲歩したが、その後反革命に転じ、プロイセン国民議会を解散して憲法を制定した。1849年にはフランクフルト国民議会からドイツ皇帝の帝冠を提示されたが、議会に由来する王冠を受け入れることを拒否した。1857年以降は脳卒中の後遺症で政治活動が困難となり、1858年から弟ヴィルヘルムが摂政を務めた。
年表
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ヨーロッパ
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