ハインリヒ・ブリューニング:大統領制内閣の首相
ハインリヒ・ブリューニング
ドイツの中央党(Zentrum)に所属した政治家・経済学者で、ヴァイマル共和国末期の首相を務めた人物。1924年に国会議員となり、財政・税制の専門家として頭角を現した。1930年3月から1932年6月まで首相を務め、世界恐慌に対して緊縮財政とデフレーション政策を実施した。国会での多数派を確保できなかったため、パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領の大統領令を利用して政権を運営し、議会制民主主義の弱体化にもつながった。一方、ナチ党の台頭を警戒し、1932年にはヒトラーの対抗馬としてヒンデンブルクの再選を支援した。1932年に首相を辞任した後、ナチ政権成立後の1934年にドイツを脱出し、アメリカへ亡命した。ハーバード大学などで政治学を教え、戦後には一時ドイツへ戻ってケルン大学でも教鞭を執った。世界恐慌下の政策がヴァイマル共和国を守ろうとした最後の防衛策だったのか、あるいは共和国崩壊を促進したのかについて現在も評価が分かれている。
年表
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ヨーロッパ
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