リーの右腕として防衛戦を制し戦後は南北和解を進めた名将

リーの右腕として防衛戦を制し戦後は南北和解を進めた名将

ジェームズ・ロングストリート

ジェームズ・ロングストリートは、南北戦争で南軍の上級中将を務め、ロバート・E・リー将軍から「我が軍の老軍馬」と頼られた猛将です。第二次ブルランの戦いやフレデリックスバーグの戦いなどで巧みな防衛・反撃戦術を展開しました。戦後は友人のグラント大統領を支持して共和党へ加入し、駐オスマン帝国大使などの公職を歴任。旧南部の白人層から批判を受けつつも、南北の和解と公民権の保障、領域の再建に尽力しました。

年表

分類
要素
西暦 ジェームズ・ロングストリート
1821年
ジェームズ・ロングストリートの誕生 (時期: 1821年1月8日, 場所: アメリカ合衆国サウスカロライナ州エッジフィールド周辺)
1838年
ウェストポイント入学・卒業(ジェームズ・ロングストリート, 年齢: 16歳, 時期: 1838年~1842年, 場所: ニューヨーク州ウェストポイント)
1846年
米墨戦争 (年齢: 24歳, 時期: 1846年~1848年, 場所: メキシコ北部、コアウイラ州など)
米墨戦争での従軍 (年齢: 24歳, 時期: 1846年~1848年, 場所: メキシコ)
1848年
テキサス・ニューメキシコなどでの辺境勤務(ジェームズ・ロングストリート, 年齢: 26歳, 時期: 1848年~1861年, 場所: テキサス州・ニューメキシコ準州など)
結婚(ジェームズ・ロングストリート,ルイーズ・マリア・ガーランド, 年齢: 27歳, 時期: 1848年3月8日, 場所: アメリカ合衆国)
1861年
南北戦争 (年齢: 39歳, 時期: 1861年~1865年, 場所: ノースカロライナ州、バージニア州など)
ジェームズ・ロングストリートのアメリカ陸軍辞職と南軍参加 (年齢: 40歳, 時期: 1861年6月, 場所: ニューメキシコ準州)
ブラックバーン・フォードの戦い (年齢: 40歳, 時期: 1861年7月18日, 場所: バージニア州マナサス周辺)
1862年
七日間の戦い (年齢: 41歳, 時期: 1862年6月25日~7月1日, 場所: バージニア州リッチモンド周辺)
アンティータムの戦い (年齢: 41歳, 時期: 1862年9月17日, 場所: メリーランド州シャープスバーグ)
フレデリックスバーグの戦い (年齢: 41歳, 時期: 1862年12月11日~15日, 場所: バージニア州フレデリックスバーグ)
1863年
ゲティスバーグの戦い (年齢: 42歳, 時期: 1863年7月1日~3日, 場所: ペンシルベニア州ゲティスバーグ)
チカマウガの戦い (年齢: 42歳, 時期: 1863年9月19日~20日, 場所: ジョージア州チカマウガ周辺)
ノックスビル方面作戦 (年齢: 42歳, 時期: 1863年11月~12月, 場所: テネシー州ノックスビル周辺)
1864年
荒野の戦いでの味方による誤射 (年齢: 43歳, 時期: 1864年5月6日, 場所: バージニア州ウィルダネス周辺)
荒野の戦いでの負傷 (年齢: 43歳, 時期: 1864年5月6日, 場所: バージニア州ウィルダネス)
1865年
アポマトックス方面作戦 (年齢: 44歳, 時期: 1865年4月, 場所: バージニア州)
1870年
ニューオーリンズでの政治的転身(ジェームズ・ロングストリート, 年齢: 48歳, 時期: 1870年代, 場所: ルイジアナ州ニューオーリンズ)
1874年
1874年ホワイトリーグ蜂起・リバティ・プレイスの戦い (年齢: 53歳, 時期: 1874年9月14日, 場所: ルイジアナ州ニューオーリンズ)
1880年
オスマン帝国駐在公使就任(ジェームズ・ロングストリート, 年齢: 58歳, 時期: 1880年~1881年, 場所: オスマン帝国・コンスタンティノープル)
1897年
結婚(ジェームズ・ロングストリート,ヘレン・ドーチ・ロングストリート, 年齢: 75歳, 時期: 1897年, 場所: アメリカ合衆国ジョージア州)
1904年
ジェームズ・ロングストリートの没年 (年齢: 82歳, 時期: 1904年1月2日)

地図

グループ
要素
アメリカ 世界
usa map

関連リンク

他言語

コメント