清朝最期の摂政王として帝国終焉を見届けた皇族
醇親王・載灃
清朝末期の皇族・政治家で、醇親王の称号を持ち、1908年から1911年まで摂政を務めた。道光帝の孫で、光緒帝の異母弟にあたる。息子の溥儀が宣統帝として即位すると、幼い皇帝に代わって国政を担当した。清朝の軍制改革や政治改革に関与したが、皇族を中心とする権力維持を重視し、立憲政治への移行や革命運動への対応には限界があった。1911年の辛亥革命によって清朝が崩壊すると摂政を退き、その後は政治の第一線から離れた。日中戦争期には日本が進めた満洲国の建国に反対し、息子の溥儀にも協力しないよう忠告したとされる。
年表
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アジア
世界
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