太平天国の乱とアロー戦争で苦難を極めた皇帝

太平天国の乱とアロー戦争で苦難を極めた皇帝

咸豊帝

清朝第9代皇帝で、中国本土を統治した清朝皇帝としては第7代にあたる。道光帝の第4皇子として生まれ、1850年に即位した。治世中は太平天国の乱や捻軍の乱などの大規模な内乱が広がり、さらにイギリス・フランスとの第二次アヘン戦争に直面した。1860年には英仏連合軍が北京に侵入し、円明園を破壊したため、咸豊帝は熱河へ避難した。1861年に30歳で死去し、幼い皇子が同治帝として即位した。死後は西太后慈禧らが政治の実権を握ることになった。

年表

分類
要素
西暦 咸豊帝
1831年
咸豊帝の誕生 (時期: 1831年7月17日, 場所: 中国・北京の円明園(旧夏宮))
1847年
結婚(咸豊帝,孝徳顕皇后, 年齢: 15歳, 時期: 1847年, 場所: 中国・清朝の宮廷)
1850年
太平天国の乱 (年齢: 18歳, 時期: 1850年~1864年, 場所: 中国南部・中部を中心とする地域。広西省、湖南省、湖北省、江蘇省、安徽省など)
咸豊帝の即位 (年齢: 18歳, 時期: 1850年3月9日, 場所: 中国・北京、清朝宮廷)
1851年
捻軍の乱 (年齢: 19歳, 時期: 1851年~1868年, 場所: 中国北部・中部の華北平原を中心とする地域。安徽省、河南省、山東省、江蘇省など)
太平天国の成立と南京占領 (年齢: 19歳, 時期: 1851年~1853年, 場所: 中国南部・中部、広西省から南京にかけて)
結婚(咸豊帝,孝欽顕皇后, 年齢: 19歳, 時期: 1851年ごろに後宮入り, 場所: 中国・清朝の宮廷)
1852年
結婚(咸豊帝,孝貞顕皇后, 年齢: 20歳, 時期: 1852年, 場所: 中国・清朝の宮廷)
1854年
苗民反乱 (年齢: 22歳, 時期: 1854年~1873年, 場所: 中国南西部の貴州省を中心とする地域)
1856年
第二次アヘン戦争 (年齢: 24歳, 時期: 1856年~1860年, 場所: 中国沿岸部、広州、天津、大沽、北京など)
パンゼーの乱 (年齢: 24歳, 時期: 1856年~1873年, 場所: 中国南西部・雲南省)
1858年
天津条約をめぐる外交交渉 (年齢: 26歳, 時期: 1858年~1860年, 場所: 中国・天津、北京など)
天津条約の締結 (年齢: 26歳, 時期: 1858年, 場所: 中国・天津)
アイグン条約の締結 (年齢: 26歳, 時期: 1858年5月, 場所: 中国東北部・黒竜江沿岸のアイグン(現在のロシア・ブラゴヴェシチェンスク周辺))
1860年
咸豊帝の熱河避難 (年齢: 29歳, 時期: 1860年9月~1861年8月, 場所: 中国・熱河(現在の河北省承徳市))
円明園の破壊 (年齢: 29歳, 時期: 1860年10月, 場所: 中国・北京北西部の円明園)
北京条約の締結 (年齢: 29歳, 時期: 1860年10月, 場所: 中国・北京)
1861年
同治帝の即位と摂政体制の発足 (年齢: 30歳, 時期: 1861年8月~11月, 場所: 中国・熱河、北京)
咸豊帝の没年 (年齢: 30歳, 時期: 1861年8月22日)
辛酉政変 (年齢: 30歳, 時期: 1861年11月, 場所: 中国・北京)
不明
結婚(咸豊帝,玫貴妃, 時期: 正確な婚姻年月は不詳。咸豊帝の側室となった。, 場所: 中国・清朝の宮廷)
結婚(咸豊帝,婉貴妃, 時期: 正確な婚姻年月は不詳。咸豊帝の側室となった。, 場所: 中国・清朝の宮廷)

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