太平天国の乱とアロー戦争で苦難を極めた皇帝
咸豊帝
清朝第9代皇帝で、中国本土を統治した清朝皇帝としては第7代にあたる。道光帝の第4皇子として生まれ、1850年に即位した。治世中は太平天国の乱や捻軍の乱などの大規模な内乱が広がり、さらにイギリス・フランスとの第二次アヘン戦争に直面した。1860年には英仏連合軍が北京に侵入し、円明園を破壊したため、咸豊帝は熱河へ避難した。1861年に30歳で死去し、幼い皇子が同治帝として即位した。死後は西太后慈禧らが政治の実権を握ることになった。
年表
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アジア
世界
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