同治中興の象徴となるも若くして世を去った皇帝

同治中興の象徴となるも若くして世を去った皇帝

同治帝

清朝第10代皇帝で、在位は1861年から1875年。咸豊帝の子として生まれ、父の死後、わずか5歳で即位した。幼少期から母の西太后(慈禧太后)と東太后(慈安太后)らによる摂政のもとで統治が行われ、1873年に親政を開始した。治世には太平天国の乱の終結後の復興、洋務運動、各地の反乱への対応が進められた。こうした改革は「同治中興」と呼ばれるが、清朝の制度的・軍事的な問題を根本的に解決するには至らなかった。1875年、18歳で死去。公式には天然痘が死因とされ、男子の後継者を残さなかったため、従弟の載湉が光緒帝として即位した。

年表

分類
要素
西暦 同治帝
1854年
ミャオ族の反乱 (年齢: 誕生2年前, 時期: 1854年~1873年, 場所: 中国南西部、貴州省を中心とする地域)
1856年
同治帝の誕生 (時期: 1856年4月27日, 場所: 中国・北京市(紫禁城の儲秀宮))
1860年
同治中興 (年齢: 3歳, 時期: 1860年代~1870年代, 場所: 中国各地、特に北京、江南地域)
洋務運動の展開 (年齢: 3歳, 時期: 1860年代~1870年代, 場所: 中国各地、特に上海、江南地域、天津など)
1861年
同治帝の即位 (年齢: 5歳, 時期: 1861年11月, 場所: 中国・北京)
1862年
回民反乱(同治回乱・ドンガン反乱, 年齢: 5歳, 時期: 1862年~1877年, 場所: 中国西北部の陝西省・甘粛省・寧夏地方、新疆など)
1872年
結婚(同治帝,淑慎皇貴妃, 年齢: 15歳, 時期: 1872年, 場所: 中国・北京、紫禁城の後宮)
結婚(同治帝,恭粛皇貴妃, 年齢: 15歳, 時期: 1872年, 場所: 中国・北京、紫禁城の後宮)
結婚(同治帝,献哲皇貴妃, 年齢: 15歳, 時期: 1872年, 場所: 中国・北京、紫禁城の後宮)
結婚(同治帝,敦恵皇貴妃, 年齢: 15歳, 時期: 1872年, 場所: 中国・北京、紫禁城の後宮)
結婚(同治帝,孝哲毅皇后, 年齢: 16歳, 時期: 1872年10月15日, 場所: 中国・北京、紫禁城)
1873年
同治帝の親政開始 (年齢: 16歳, 時期: 1873年2月23日, 場所: 中国・北京の清朝宮廷)
外国公使の謁見問題 (年齢: 17歳, 時期: 1873年6月29日, 場所: 中国・北京、中南海の紫光閣)
外国公使の謁見 (年齢: 17歳, 時期: 1873年6月29日, 場所: 中国・北京、中南海の紫光閣)
1875年
同治帝の死去と後継者選定 (年齢: 18歳, 時期: 1875年1月, 場所: 中国・北京、紫禁城)
同治帝の没年 (年齢: 18歳, 時期: 1875年1月12日)
同治帝の死去 (年齢: 18歳, 時期: 1875年1月12日, 場所: 中国・北京、紫禁城の養心殿)

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