同治中興の象徴となるも若くして世を去った皇帝
同治帝
清朝第10代皇帝で、在位は1861年から1875年。咸豊帝の子として生まれ、父の死後、わずか5歳で即位した。幼少期から母の西太后(慈禧太后)と東太后(慈安太后)らによる摂政のもとで統治が行われ、1873年に親政を開始した。治世には太平天国の乱の終結後の復興、洋務運動、各地の反乱への対応が進められた。こうした改革は「同治中興」と呼ばれるが、清朝の制度的・軍事的な問題を根本的に解決するには至らなかった。1875年、18歳で死去。公式には天然痘が死因とされ、男子の後継者を残さなかったため、従弟の載湉が光緒帝として即位した。
年表
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アジア
世界
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