洋務運動を主導し外交の近代化を推し進めた皇族
恭親王
清朝の皇族・政治家で、道光帝の第六皇子。恭親王の称号で知られ、英語では Prince Gong または Prince Kung と呼ばれる。咸豊帝の異母弟にあたり、第二次アヘン戦争では清朝側の外交交渉を担い、1860年の北京条約(北京協定)の締結に関与した。1861年には西太后らと辛酉政変を起こし、政敵となった宮廷の摂政勢力を排除して、清朝の中枢政治を主導した。その後、総理各国事務衙門の設置や外交制度の整備を進め、西洋の軍事技術や産業技術を導入する洋務運動を支えた。一方、西太后や保守派との政治的対立も続き、1884年に主要な役職から罷免された。日清戦争が始まった1894年に再び政務に関与したが、1898年に北京で死去した。
年表
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アジア
世界
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