オーストリア・ハプスブルク家の礎を築いた外交家
フェルディナント・フォン・ハプスブルク
神聖ローマ皇帝フェルディナント1世。ハプスブルク家出身で、1521年からオーストリア大公、1526年からボヘミア王・ハンガリー王、1531年からローマ王となり、1556年に兄カール5世の退位を受けて神聖ローマ皇帝となった。オスマン帝国との戦争や宗教改革による対立に対応しながら、オーストリア・ボヘミア・ハンガリーの統治機構を整備した。軍事指揮官としては突出していなかったが、行政・外交面で重要な役割を果たし、1555年のアウクスブルクの和議の成立にも大きく関与した。
年表
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ヨーロッパ
世界
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