プラハを芸術と錬金術の中心へ変えた稀代の収集家
ルドルフ・フォン・ハプスブルク
ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝。マクシミリアン2世とマリア・フォン・シュパーニエンの長男として生まれ、1576年から1612年まで神聖ローマ皇帝を務めた。またハンガリー王、ボヘミア王、オーストリア大公でもあった。幼少期をスペイン宮廷で過ごし、即位後はウィーンからプラハへ宮廷を移して、芸術・天文学・錬金術などの学問を保護した。ティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーらを宮廷に招いたことでも知られる。一方、オスマン帝国との長期戦争、ハンガリーの反乱、宗派対立、弟マティアスとの対立によって晩年には政治的権力を失った。
年表
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ヨーロッパ
世界
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