文化と外交の栄華を維持した君主
アッバース2世
サファヴィー朝の第7代シャーで、1642年から1666年まで統治した。父シャー・サフィ1世の死後、幼くして即位し、当初は大宰相サルー・タキーらの補佐を受けた。1645年にはサルー・タキー暗殺後の政争を制し、親政を開始した。ムガル帝国との争いでは自ら軍を率いてカンダハールを奪回し、ロシアやグルジアの勢力ともコーカサス地方で争った。一方、オスマン帝国とは大規模な戦争を避け、比較的安定した治世を実現した。司法や行政に関心を示し、官僚の不正を厳しく取り締まったが、治世後半には財政悪化や軍の弱体化が進んだ。1666年に死去し、息子スレイマン1世が後を継いだ。
年表
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アジア
世界
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