文化と外交の栄華を維持した君主

文化と外交の栄華を維持した君主

アッバース2世

サファヴィー朝の第7代シャーで、1642年から1666年まで統治した。父シャー・サフィ1世の死後、幼くして即位し、当初は大宰相サルー・タキーらの補佐を受けた。1645年にはサルー・タキー暗殺後の政争を制し、親政を開始した。ムガル帝国との争いでは自ら軍を率いてカンダハールを奪回し、ロシアやグルジアの勢力ともコーカサス地方で争った。一方、オスマン帝国とは大規模な戦争を避け、比較的安定した治世を実現した。司法や行政に関心を示し、官僚の不正を厳しく取り締まったが、治世後半には財政悪化や軍の弱体化が進んだ。1666年に死去し、息子スレイマン1世が後を継いだ。

年表

分類
要素
西暦 アッバース2世
1632年
アッバース2世の誕生 (時期: 1632年8月30日, 場所: ガズヴィーン(現在のイラン))
1642年
比較的安定した対オスマン外交 (年齢: 9歳, 時期: 1642~1666年, 場所: サファヴィー朝とオスマン帝国の国境地域)
シャーへの即位 (年齢: 9歳, 時期: 1642年5月15日, 場所: カーシャーン(現在のイラン))
1645年
親政の開始 (年齢: 12歳, 時期: 1645年, 場所: イスファハーン(現在のイラン))
大宰相サルー・タキーの暗殺 (年齢: 12歳, 時期: 1645年, 場所: イスファハーン(現在のイラン))
1648年
ムガル・サファヴィー戦争(カンダハールをめぐる戦い, 年齢: 15歳, 時期: 1648~1649年, 場所: カンダハール(現在のアフガニスタン))
カヘティ王国をめぐるグルジア内紛への介入 (年齢: 15歳, 時期: 1648年, 場所: カヘティ王国(現在のジョージア東部))
カンダハールの奪回 (年齢: 15歳, 時期: 1648年~1649年2月, 場所: カンダハール(現在のアフガニスタン))
コーカサス地方への軍事介入 (年齢: 15歳, 時期: 1648~1660年, 場所: カルトリ、カヘティ、北コーカサス、テレク川流域)
1650年
財政悪化と官僚行政の問題 (年齢: 17歳, 時期: 1650年代半ば~1666年, 場所: イスファハーンを中心とするサファヴィー朝領内)
1651年
ロシア・サファヴィー間の軍事衝突 (年齢: 18歳, 時期: 1651~1653年, 場所: 北コーカサス、テレク川流域(現在のロシア南部およびその周辺))
ロシアとの国境紛争 (年齢: 18歳, 時期: 1651~1653年, 場所: テレク川流域、北コーカサス)
1654年
財政改革の試み (年齢: 21歳, 時期: 1654年以降, 場所: イスファハーンを中心とするサファヴィー朝領内)
1656年
ユダヤ人に対する改宗強制政策 (年齢: 23歳, 時期: 1656年頃, 場所: イスファハーンを含むサファヴィー朝領内)
1659年
グルジア反乱の鎮圧 (年齢: 26歳, 時期: 1659~1660年, 場所: カヘティおよびカルトリ(現在のジョージア東部))
1666年
アッバース2世の没年 (年齢: 34歳, 時期: 1666年10月26日)
死去と王位継承(アッバース2世, 年齢: 34歳, 時期: 1666年10月26日, 場所: ベフシャフル周辺(現在のイラン北部))
不明
結婚(アッバース2世,ナキハト・ハーヌム, 時期: 詳細は不明, 場所: 詳細は不明)
結婚(アッバース2世,アヌーカ王女, 時期: 詳細は不明, 場所: 詳細は不明)

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