暗雲立ち込める時代を繋いだ継承者

暗雲立ち込める時代を繋いだ継承者

サフィー1世

サフィー1世はサファヴィー朝の第6代君主で、1629年から1642年までイランを統治した。祖父アッバース1世の後継者として即位したが、王族や有力者を粛清して王権を維持しようとした一方、政治を大宰相などの側近に委ねる傾向があった。在位中にはオスマン帝国との戦争が続き、バグダードなどの領土を失ったものの、1639年のズハーブ条約によって長期の戦争に終止符を打った。また、ムガル帝国にカンダハールを奪われるなど、東方でも領土上の後退を経験した。酒やアヘンを好んだと伝えられ、1642年に死去し、息子アッバース2世が後を継いだ。

年表

分類
要素
西暦 サフィー1世
1611年
サフィー1世の誕生 (時期: 1611年(正確な月日不明), 場所: カーシャーン(現在のイラン)とされる)
1629年
オスマン・サファヴィー戦争(1623年~1639年, 年齢: 18歳, 時期: 1629年~1639年(サフィー1世の治世における後半期), 場所: メソポタミア、バグダード、アルメニア、アゼルバイジャン、イラン北西部)
ウズベク勢力との東方国境紛争 (年齢: 18歳, 時期: サフィー1世の治世(1629年~1642年)を含む時期, 場所: ホラーサーン地方およびイラン東部と中央アジアの境界地域)
王族と有力者への粛清の強化 (年齢: 18歳, 時期: 1629年~1632年頃, 場所: イスファハーンなど、サファヴィー朝の宮廷)
サファヴィー朝第6代君主への即位 (年齢: 18歳, 時期: 1629年1月, 場所: サファヴィー朝の宮廷)
1632年
王族・宮廷有力者の大規模粛清 (年齢: 21歳, 時期: 1629年以降、特に1632年頃, 場所: イスファハーン、ガズヴィーンなどサファヴィー朝の宮廷)
1634年
大宰相サルー・タキーの台頭 (年齢: 23歳, 時期: 1634年以降, 場所: イスファハーンを中心とするサファヴィー朝領内)
サルー・タキーを中心とする行政運営 (年齢: 23歳, 時期: 1634年~1642年, 場所: イスファハーンおよびサファヴィー朝領内)
オスマン軍によるエレバンとタブリーズへの進攻 (年齢: 23歳, 時期: 1634年, 場所: エレバン(現在のアルメニア)、タブリーズ(現在のイラン))
1636年
ホルシュタイン=ゴットルプ公国の使節団来訪 (年齢: 25歳, 時期: 1636年, 場所: サファヴィー朝の宮廷(イスファハーンなど))
ホルシュタイン=ゴットルプ使節団との外交交流 (年齢: 25歳, 時期: 1636年~1639年, 場所: サファヴィー朝の宮廷、ホルシュタイン=ゴットルプ公国)
1637年
ムガル・サファヴィー戦争(1637年~1638年, 年齢: 26歳, 時期: 1637年~1638年, 場所: カンダハール、ボストなど(現在のアフガニスタン))
1638年
カンダハールのムガル帝国への移譲 (年齢: 27歳, 時期: 1638年, 場所: カンダハール(現在のアフガニスタン))
カンダハールの喪失 (年齢: 27歳, 時期: 1638年, 場所: カンダハール、ボスト(現在のアフガニスタン))
1639年
ズハーブ条約の締結 (年齢: 28歳, 時期: 1639年, 場所: ズハーブ周辺(現在のイラン・イラク国境付近))
ズハーブ条約によるオスマン帝国との講和 (年齢: 28歳, 時期: 1639年, 場所: イラン西部とメソポタミアの国境地帯)
1642年
サフィー1世の没年 (年齢: 31歳, 時期: 1642年5月12日)
サフィー1世の死去と王位継承(サフィー1世, 年齢: 31歳, 時期: 1642年5月12日, 場所: カーシャーンとされる。埋葬地はゴム)
サフィー1世の死去とアッバース2世の即位 (年齢: 31歳, 時期: 1642年5月12日, 場所: カーシャーンとされる。後継者の即位はサファヴィー朝の宮廷で行われた)
不明
結婚(サフィー1世,ティナティン王女, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)
結婚(サフィー1世,アンナ・ハーヌム, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)

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