ヨアヒム・ミュラ:騎兵隊を率いた豪胆なるナポリ国王
ヨアヒム・ミュラ
フランス革命戦争・ナポレオン戦争期の軍人・政治家。ナポレオン・ボナパルトの最も重要な騎兵指揮官の一人で、1804年にフランス帝国元帥となり、1806年から1808年までベルク大公、1808年から1815年までナポリ王を務めた。1795年の王党派蜂起の鎮圧でナポレオンと知り合い、イタリア遠征、エジプト遠征、アウステルリッツ、イエナ、アイラウ、ロシア遠征などで大規模な騎兵突撃を指揮した。ナポレオンの妹カロリーヌと結婚したことで皇帝の義弟となった。1813年のライプツィヒの戦い後にはナポリ王位を守るためナポレオンから離反し、1814年にはオーストリアと協定を結んだ。1815年にはイタリア統一を掲げてオーストリアと戦ったがトレンティーノの戦いで敗北し、最終的にピッツォで捕らえられ銃殺された。「ヨーロッパ第一の騎手」や「伊達な王」とも称された。
年表
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ヨーロッパ
世界
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