ポール・バラス:テルミドールの反動と総裁政府の首班

ポール・バラス:テルミドールの反動と総裁政府の首班

ポール・バラス

プロヴァンスの貴族出身のフランスの軍人・政治家。フランス革命では国民公会議員、派遣議員、テルミドール派の中心人物となり、ロベスピエール打倒後に急速に台頭した。1795年のヴァンデミエール13日の王党派蜂起ではパリの政府軍を指揮し、ナポレオン・ボナパルトを砲兵指揮官として登用した。その後、総裁政府の5人の総裁の一人として1795年から1799年まで実権を握り、総裁政府を代表する中心人物となった。政治的には共和派からテルミドール派へ転じ、王党派・ジャコバン派双方を状況に応じて抑えながら権力を維持した。1799年のブリュメール18日のクーデターでナポレオンに政権を奪われ、その後は政治的に失脚した。

年表

分類
要素
西暦 ポール・バラス
1755年
ポール・バラスの誕生 (時期: 1755年6月30日, 場所: フォックス=アンフー(Fox-Amphoux、現在のフランス・ヴァール県))
1771年
フランス王国軍への入隊(ポール・バラス, 年齢: 15歳, 時期: 1771年, 場所: フランス)
1776年
インド遠征への参加(ポール・バラス, 年齢: 20歳, 時期: 1776年~1778年, 場所: インド、ポンディシェリ)
1780年
第二次アングロ・マイソール戦争 (年齢: 24歳, 時期: 1780年~1784年, 場所: 南インド、ポンディシェリなど)
1782年
スフラン艦隊への参加(ポール・バラス, 年齢: 26歳, 時期: 1782年~1783年, 場所: インド洋、南インド周辺)
1789年
ヴァール県行政への参加(ポール・バラス, 年齢: 33歳, 時期: 1789年~1792年, 場所: ヴァール県)
フランス革命・バスティーユ襲撃 (年齢: 34歳, 時期: 1789年7月14日, 場所: パリ)
1791年
結婚(ポール・バラス,マリー=ペラジー・タンプリエ, 年齢: 35歳, 時期: 1791年1月12日~13日, 場所: フォックス=アンフー、サン=ブレーズ教会)
1793年
ルイ16世の処刑への投票(ポール・バラス, 年齢: 37歳, 時期: 1793年1月, 場所: パリ、国民公会)
トゥーロンでナポレオンと知り合う (年齢: 37歳, 時期: 1793年, 場所: トゥーロン)
マルセイユ反乱の鎮圧 (年齢: 37歳, 時期: 1793年6月~8月, 場所: マルセイユ、フランス南部)
トゥーロン奪回 (年齢: 38歳, 時期: 1793年12月, 場所: トゥーロン)
1794年
ロベスピエール派の逮捕 (年齢: 39歳, 時期: 1794年7月28日, 場所: パリ、市庁舎周辺)
1795年
総裁政府の中心的指導者としての活動 (年齢: 39歳, 時期: 1795年~1799年, 場所: パリ)
国民公会議長への就任(ポール・バラス, 年齢: 39歳, 時期: 1795年2月4日~19日, 場所: パリ)
ヴァンデミエール13日の反乱 (年齢: 40歳, 時期: 1795年10月5日, 場所: パリ、テュイルリー宮殿周辺)
総裁政府の成立 (年齢: 40歳, 時期: 1795年11月2日, 場所: パリ)
1796年
フランス革命戦争・イタリア戦役 (年齢: 40歳, 時期: 1796年~1797年, 場所: 北イタリア、オーストリア方面)
バベーフの陰謀 (年齢: 40歳, 時期: 1796年, 場所: パリ)
ナポレオンのイタリア方面軍司令官就任への関与(ポール・バラス, 年齢: 40歳, 時期: 1796年, 場所: パリ)
ジョゼフィーヌとナポレオンの結婚への関与 (年齢: 40歳, 時期: 1796年3月, 場所: パリ)
1799年
グロボワ城での隠棲と追放(ポール・バラス, 年齢: 43歳, 時期: 1799年~1814年, 場所: グロボワ、ブリュッセル、ローマ、モンペリエなど)
総裁政府からの失脚(ポール・バラス, 年齢: 44歳, 時期: 1799年11月, 場所: パリ)
1815年
第二次王政復古後の晩年(ポール・バラス, 年齢: 59歳, 時期: 1815年~1829年, 場所: パリ)
1829年
ポール・バラスの没年 (年齢: 73歳, 時期: 1829年1月29日)

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