量子論の父として戦時下の科学界を守ったマックス・プランク
量子論の創始者である物理学者マックス・プランクは、第一次世界大戦期にベルリン大学教授やプロイセン科学アカデミーの要職を務め、ドイツ科学界の中心人物として活動した。開戦当初は愛国主義的声明に署名したものの、やがて戦争の惨状を前に政治的過激化と科学の国際的分断に懸念を深めた。長男をヴェルダンの戦いで失うという私生活上の悲劇に見舞われながらも、戦中・戦後の困難な状況下で若い学者の育成や科学研究の継続に尽力し、1918年にノーベル物理学賞を受賞した。