化学療法を開拓し感染症対策に貢献したパウル・エールリヒ

化学療法を開拓し感染症対策に貢献したパウル・エールリヒ

パウル・エールリヒ

ドイツの医師・医学者・化学者。血液学、免疫学、血清学、感染症治療の研究で大きな業績を残し、近代的な化学療法の基礎を築いた人物の一人。組織や血液細胞を染色する方法を発展させ、血液学の発展に貢献したほか、ジフテリア抗毒素の標準化、免疫に関する「側鎖説」、病原体だけを選択的に攻撃する「魔法の弾丸」という概念を提唱した。1909年には秦佐八郎らとともに梅毒治療薬サルバルサン(606号)を開発し、化学療法という治療概念の発展に大きく貢献した。1908年にはイリヤ・メチニコフとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。

年表

分類
要素
西暦 パウル・エールリヒ
1854年
パウル・エールリヒの誕生 (時期: 1854年3月14日, 場所: ストシェリン(Strzelin、ポーランド))
1870年
普仏戦争 (年齢: 15歳, 時期: 1870年~1871年, 場所: フランス・ドイツなど)
1872年
医学研究の開始 (年齢: 17歳, 時期: 1872年~1878年, 場所: ブレスラウ、ストラスブール、フライブルク、ライプツィヒ)
1878年
組織・血液細胞の染色法の研究 (年齢: 23歳, 時期: 1878年~1880年代, 場所: ベルリン(ドイツ))
1883年
結婚(パウル・エールリヒ,ヘートヴィヒ・ピンクス, 年齢: 29歳, 時期: 1883年8月14日, 場所: ノイシュタット・イン・オーバーシュレージエン(現在のプルドニク、ポーランド)のシナゴーグ)
1888年
結核罹患とエジプトなどへの療養旅行 (年齢: 33歳, 時期: 1888年~1889年, 場所: エジプトなど)
1890年
ジフテリア抗毒素の研究と血清療法の発展 (年齢: 35歳, 時期: 1890年代, 場所: ベルリン(ドイツ))
血清療法の標準化をめぐる研究 (年齢: 35歳, 時期: 1890年代後半~1900年代初頭, 場所: ベルリン、フランクフルト(ドイツ))
ロベルト・コッホ研究所での研究 (年齢: 35歳, 時期: 1890年代, 場所: ベルリン(ドイツ))
1897年
側鎖説の提唱 (年齢: 42歳, 時期: 1897年~1900年頃, 場所: ベルリン(ドイツ))
1900年
実験的化学療法の研究 (年齢: 45歳, 時期: 1900年代初頭, 場所: フランクフルト(ドイツ))
1908年
ノーベル生理学・医学賞受賞(パウル・エールリヒ, 年齢: 53歳, 時期: 1908年, 場所: ストックホルム(スウェーデン))
1909年
サルバルサン(606号)の開発 (年齢: 54歳, 時期: 1909年~1910年, 場所: フランクフルト(ドイツ))
サルバルサンの開発 (年齢: 54歳, 時期: 1909年, 場所: フランクフルト(ドイツ))
1910年
サルバルサンをめぐる医学界での論争 (年齢: 55歳, 時期: 1910年~1911年頃, 場所: ドイツを中心とするヨーロッパ)
1912年
ネオサルバルサンの開発 (年齢: 57歳, 時期: 1912年~1914年頃, 場所: フランクフルト(ドイツ))
1914年
第一次世界大戦 (年齢: 59歳, 時期: 1914年~1918年, 場所: ヨーロッパを中心とする各戦線)
フランクフルト大学での教授就任(パウル・エールリヒ, 年齢: 59歳, 時期: 1914年, 場所: フランクフルト(ドイツ))
1915年
パウル・エールリヒの没年 (年齢: 61歳, 時期: 1915年8月20日)

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要素
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