シベリア探検で膨大な自然史データを集めた学者

シベリア探検で膨大な自然史データを集めた学者

ヨハン・ゲオルク・グメリン

ドイツ出身の博物学者、植物学者、化学者、医師、地理学者、探検家。幼少期から自然科学に関心を持ち、14歳頃からテュービンゲン大学で学んだ。1727年に医学の学位を取得してロシアへ渡り、サンクトペテルブルク科学アカデミーで化学・博物学の教授となった。1733年から1743年にかけてヴィトゥス・ベーリングの第二次カムチャツカ探検隊に参加し、シベリアの広大な地域を調査した。植物標本や動物標本、地理・民族誌・気候などを記録し、シベリアの近代的な科学調査に大きく貢献した。「Flora Sibirica(シベリア植物誌)」などを著し、シベリアの植物相を体系的に記録した人物として知られる。

年表

分類
要素
西暦 ヨハン・ゲオルク・グメリン
1700年
大北方戦争 (年齢: 誕生9年前, 時期: 1700年~1721年, 場所: 北ヨーロッパ、バルト海沿岸、スウェーデン、ロシア、ポーランドなど)
1709年
ヨハン・ゲオルク・グメリンの誕生 (時期: 1709年8月10日, 場所: テュービンゲン(ドイツ))
1722年
テュービンゲン大学での早期学習(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 12歳, 時期: 1722年頃~1727年, 場所: テュービンゲン(ドイツ))
1727年
サンクトペテルブルク科学アカデミーへの参加 (年齢: 17歳, 時期: 1727年~1731年, 場所: サンクトペテルブルク(ロシア帝国))
ロシアへの移住と研究活動の開始(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 17歳, 時期: 1727年~1728年, 場所: テュービンゲンからサンクトペテルブルク)
1733年
第二次カムチャツカ探検隊への参加 (年齢: 23歳, 時期: 1733年~1743年, 場所: ロシア帝国、ウラル山脈、シベリア、ヤクーツク、エニセイ川流域など)
シベリア探検への出発(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 23歳, 時期: 1733年8月, 場所: サンクトペテルブルクからウラル山脈・西シベリア)
1734年
イルティシュ川流域・トランスバイカル地方の調査 (年齢: 24歳, 時期: 1734年~1735年, 場所: イルティシュ川流域、トランスバイカル地方)
1735年
露土戦争 (年齢: 25歳, 時期: 1735年~1739年, 場所: ロシア帝国南部、黒海北岸、クリミア周辺、バルカン地域)
ヤクーツクを拠点とした調査(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 26歳, 時期: 1735年9月~1737年5月, 場所: ヤクーツク(ロシア帝国))
1736年
ヤクーツクの住居火災(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 27歳, 時期: 1736年11月8日, 場所: ヤクーツク(ロシア帝国))
1739年
エニセイ川流域の調査 (年齢: 29歳, 時期: 1739年~1740年, 場所: エニセイ川流域)
1741年
ウラル地方などの調査(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 31歳, 時期: 1741年~1742年, 場所: バラバ草原、イシム地方、ワガイ草原、イセト地方、ウラル地方)
1743年
シベリア探検からの帰還(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 33歳, 時期: 1743年, 場所: サンクトペテルブルク(ロシア帝国))
1747年
「シベリア植物誌」の刊行 (年齢: 37歳, 時期: 1747年~1769年, 場所: サンクトペテルブルク)
テュービンゲン大学への帰還(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 37歳, 時期: 1747年, 場所: テュービンゲン(ドイツ))
1749年
スウェーデン王立科学アカデミー外国人会員への選出(ヨハン・ゲオルク・グメリン, 年齢: 39歳, 時期: 1749年, 場所: ストックホルム(スウェーデン))
結婚(ヨハン・ゲオルク・グメリン,バルバラ・グメリン, 年齢: 39歳, 時期: 1749年, 場所: テュービンゲン(ドイツ))
1751年
「シベリア旅行記」の刊行 (年齢: 41歳, 時期: 1751年~1752年, 場所: テュービンゲンなど)
1755年
ヨハン・ゲオルク・グメリンの没年 (年齢: 45歳, 時期: 1755年5月20日)

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