ドルゴンと清の入関を成し遂げた摂政王

ドルゴンと清の入関を成し遂げた摂政王

ドルゴン

後金・清初期の満洲族の皇族、軍事指導者、政治家。後金を建国したヌルハチの第14子で、ホンタイジの死後、順治帝の摂政として清の政権運営を主導した。1644年の山海関の戦いで清軍を指揮し、明朝滅亡後の北京入城と清の中国支配の拡大に重要な役割を果たした。漢人男性に辮髪を強制する政策も推進した。死後に皇帝に準じる称号を与えられたが、順治帝によって称号を剥奪され、遺体も辱められた。その後、1778年に乾隆帝によって名誉を回復された。

年表

分類
要素
西暦 ドルゴン
1612年
ドルゴンの誕生 (時期: 1612年11月17日, 場所: イェンデン(現在の中国遼寧省撫順市新賓満族自治県付近))
1635年
チャハル・モンゴル征服戦争 (年齢: 22歳, 時期: 1628年、1635年を含む1620~1630年代, 場所: 中国北部および内モンゴル周辺)
チャハル・モンゴルとの戦いで軍功を挙げる (年齢: 22歳, 時期: 1628年、1635年, 場所: 中国北部および内モンゴル周辺)
1636年
後金・清と朝鮮の戦争 (年齢: 23歳, 時期: 1627年、1636~1637年を中心とする時期, 場所: 朝鮮半島および中国東北部)
1643年
ホンタイジ死後の皇位継承問題(ドルゴン, 年齢: 30歳, 時期: 1643年, 場所: 清朝の宮廷(中国東北部))
順治帝の摂政に就任(ドルゴン, 年齢: 30歳, 時期: 1643年~1650年, 場所: 清朝の宮廷)
1644年
山海関の戦い (年齢: 31歳, 時期: 1644年, 場所: 中国河北省と遼寧省の境界に近い山海関)
北京入城と清朝による首都支配の開始 (年齢: 31歳, 時期: 1644年, 場所: 中国北京市)
北京を拠点とした清朝の支配拡大 (年齢: 31歳, 時期: 1644年以降, 場所: 中国北京市および中国各地)
1645年
辮髪令の実施 (年齢: 32歳, 時期: 1645年以降, 場所: 中国各地)
1650年
ドルゴンの没年 (年齢: 38歳, 時期: 1650年12月31日)
狩猟中の事故と死去 (年齢: 38歳, 時期: 1650年12月31日, 場所: 中国河北省承徳市付近のカラホトン)
1651年
ドルゴンの死後の称号剥奪と遺体への処罰 (年齢: 38歳, 時期: 1651年, 場所: 清朝の宮廷およびドルゴンの墓所)
1778年
乾隆帝による名誉回復 (年齢: 没後127年, 時期: 1778年, 場所: 中国の清朝宮廷)
不明
明清戦争 (時期: 17世紀前半~1644年以降, 場所: 中国東北部、中国北部、朝鮮半島北部の国境地帯)
結婚(ドルゴン,博爾済吉特氏, 時期: 詳細不明。17世紀前半から中頃と考えられるが、個々の婚姻の日付は確定していない。, 場所: 詳細不明)

地図

グループ
要素
アジア 世界
asia map

関連リンク

他言語

コメント