鄭和の大遠征と明朝の海洋進出

鄭和の大遠征と明朝の海洋進出

鄭和

明朝初期の宦官、武将、航海家、外交官。イスラム教徒の家庭に馬和として生まれ、1381年ごろ明軍による雲南征服の過程で捕らえられ、宦官となった。燕王朱棣(後の永楽帝)に仕え、靖難の変で功績を挙げた後、鄭姓を与えられた。1405年から1433年にかけて、永楽帝と宣徳帝の命令で計7回の大規模な遠洋航海を指揮し、東南アジア、インド、アラビア半島、東アフリカなどを訪れた。航海は外交・朝貢関係の拡大、交易、明朝の海上勢力の示威を目的としており、各地との交流を促進した。

年表

分類
要素
西暦 鄭和
1371年
鄭和の誕生 (時期: 1371年(具体的な月日不明), 場所: 中国・雲南省昆明市)
1380年
燕王朱棣への仕官 (年齢: 9歳, 時期: 1380年代後半~1399年ごろ, 場所: 中国北部・北平(現在の北京市)周辺)
1381年
明朝による雲南征服 (年齢: 10歳, 時期: 1381年~1382年ごろ, 場所: 中国南西部の雲南地方)
明軍による雲南征服と馬和の捕縛 (年齢: 10歳, 時期: 1381年~1382年ごろ, 場所: 中国・雲南地方)
1399年
靖難の変 (年齢: 28歳, 時期: 1399年~1402年, 場所: 中国各地。特に北平(現在の北京市)から南京に至る地域)
1402年
鄭姓の授与 (年齢: 31歳, 時期: 1402年ごろ, 場所: 中国・南京を中心とする明朝の宮廷)
1405年
第1次下西洋 (年齢: 34歳, 時期: 1405年~1407年, 場所: 中国沿岸、東南アジア、インド西岸のカリカット(現在のコーリコード)など)
1407年
陳祖義の討伐 (年齢: 36歳, 時期: 1407年ごろ, 場所: 東南アジアのパレンバン周辺(現在のインドネシア・スマトラ島南部))
第2次・第3次下西洋 (年齢: 36歳, 時期: 1407年~1411年, 場所: 東南アジア、インド洋、インド西岸、セイロン島など)
1410年
スマトラ島北部の勢力間紛争への介入 (年齢: 39歳, 時期: 1400年代前半。特に1407年および1410年代の航海時, 場所: スマトラ島北部、旧三仏斉・パレンバン周辺など)
セイロン島での軍事衝突 (年齢: 39歳, 時期: 1410年~1411年ごろ, 場所: セイロン島(現在のスリランカ))
1413年
第4次下西洋 (年齢: 42歳, 時期: 1413年~1415年, 場所: インド洋、アラビア半島、ペルシア湾のホルムズなど)
1417年
第5次・第6次下西洋 (年齢: 46歳, 時期: 1417年~1422年, 場所: 東南アジア、インド、アラビア半島、東アフリカ沿岸など)
1424年
航海事業の一時停止(鄭和, 年齢: 53歳, 時期: 1424年~1430年ごろ, 場所: 中国・明朝の宮廷)
1431年
第7次下西洋 (年齢: 60歳, 時期: 1431年~1433年, 場所: 中国、東南アジア、インド、アラビア半島、東アフリカ沿岸)
1435年
鄭和の没年 (年齢: 64歳, 時期: 1433年、または1435年。一般には1433年の第7次航海中、あるいは帰途にインド西岸の古里(カリカット、現在のコーリコード)で亡くなったとする説がある。)
鄭和の死去と航海事業の終焉(鄭和, 年齢: 64歳, 時期: 1433年、または1435年, 場所: インド西岸の古里(現在のコーリコード)、または中国・南京とする説がある)
不明
結婚(鄭和,詳細不明, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)

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