満州族をまとめ上げ「清」の基礎を創出した英傑

満州族をまとめ上げ「清」の基礎を創出した英傑

皇太極

満洲族の君主で、後金の第2代ハンであり、清王朝の初代皇帝と位置づけられる人物。父ヌルハチの死後、1626年に後金の支配者となり、軍事・行政制度を整備して勢力を拡大した。漢人官僚や投降した明の将軍を積極的に登用し、八旗制度を基盤に満洲人・漢人・モンゴル人を統合する国家体制を構築した。1635年には女真の民族名称を「満洲」に改め、1636年には国号を「大清」とし、皇帝を称した。内モンゴルを支配下に置き、朝鮮を服属させるなど、明王朝の征服に向けた基盤を築いたが、明の滅亡と中国全土の征服を見届けることなく死去した。

年表

分類
要素
西暦 皇太極
1592年
皇太極の誕生 (時期: 1592年11月28日, 場所: 中国・遼寧省撫順市新賓満族自治県(旧フアラ付近))
1614年
結婚(皇太極,哲哲, 年齢: 21歳, 時期: 1614年, 場所: 後金の支配地域(具体的な婚姻場所は不詳))
1620年
内モンゴル諸勢力との戦争 (年齢: 27歳, 時期: 1620年代~1630年代後半, 場所: 現在の内モンゴル自治区およびモンゴル高原南部)
内モンゴル諸部族の統合 (年齢: 27歳, 時期: 1620年代~1630年代, 場所: 内モンゴルおよびモンゴル高原南部)
1625年
盛京を拠点とした国家建設 (年齢: 32歳, 時期: 1625年~1643年, 場所: 中国・遼寧省瀋陽市)
結婚(皇太極,ブムブタイ, 年齢: 32歳, 時期: 1625年, 場所: 後金の支配地域(具体的な婚姻場所は不詳))
1626年
ヌルハチ死去後の後金の継承 (年齢: 33歳, 時期: 1626年, 場所: 中国東北部・満洲の後金支配地域)
八旗制度と行政機構の整備 (年齢: 33歳, 時期: 1626年~1630年代, 場所: 後金の首都・盛京(現在の瀋陽市)と満洲各地)
後金の第2代ハンへの即位 (年齢: 33歳, 時期: 1626年9月, 場所: 中国東北部・満洲)
1627年
丁卯胡乱 (年齢: 34歳, 時期: 1627年, 場所: 朝鮮北西部から黄海道・平安道方面、江華島など)
1630年
アムール川流域への遠征とエヴェンキ勢力の征服 (年齢: 37歳, 時期: 1630年代後半~1640年代初頭, 場所: アムール川流域、満洲北部および現在のロシア極東・中国東北部の一部)
1634年
結婚(皇太極,海蘭珠, 年齢: 41歳, 時期: 1634年ごろ, 場所: 後金の支配地域(具体的な婚姻場所は不詳))
1635年
女真から満洲への民族名称の変更 (年齢: 42歳, 時期: 1635年, 場所: 中国東北部・満洲)
1636年
丙子胡乱 (年齢: 43歳, 時期: 1636~1637年, 場所: 朝鮮半島、漢城(現在のソウル特別市)、南漢山城など)
崇徳元号の採用と清朝の制度整備 (年齢: 43歳, 時期: 1636年~1643年, 場所: 中国東北部・盛京)
国号を大清へ変更し皇帝を称する (年齢: 43歳, 時期: 1636年5月, 場所: 中国東北部・盛京(現在の遼寧省瀋陽市))
1642年
明の将軍・洪承畴の清への投降 (年齢: 49歳, 時期: 1642年, 場所: 中国東北部・松山周辺)
1643年
皇太極の没年 (年齢: 50歳, 時期: 1643年9月21日)
ホンタイジの死去と順治帝の即位 (年齢: 50歳, 時期: 1643年9月21日以降, 場所: 中国・盛京(現在の瀋陽市))
不明
結婚(皇太極,側室・妃嬪たち, 時期: 17世紀初頭~1640年代, 場所: 後金・清の宮廷(個々の婚姻場所は不詳))

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