朱由榔と南明政権最後の皇帝となった永暦帝

朱由榔と南明政権最後の皇帝となった永暦帝

朱由榔

明朝の皇族で、南明の第4代にして最後の皇帝。桂王の称号を持ち、明朝が1644年に崩壊した後、明朝再興を目指す勢力に擁立され、1646年に永暦帝として即位した。清朝軍に対抗するため、李定国などの将軍や鄭成功ら明朝復興派と連携したが、戦況が悪化すると雲南へ退き、1661年にはビルマ(現在のミャンマー)へ亡命した。清軍を率いた呉三桂によって引き渡され、雲南省昆明で処刑された。永暦帝の死後も、台湾の鄭氏政権などは明朝復興の旗印を掲げて抵抗を続けた。

年表

分類
要素
西暦 朱由榔
1623年
朱由榔の誕生 (時期: 1623年11月1日, 場所: 中国・北京市)
1646年
南明の抗清戦争 (年齢: 22歳, 時期: 1646~1662年, 場所: 中国南部・西南部、特に広東省、広西省、湖南省、貴州省、雲南省)
桂王の称号を継承(朱由榔, 年齢: 22歳, 時期: 1646年, 場所: 中国南部)
南明の永暦政権の成立 (年齢: 23歳, 時期: 1646年12月24日, 場所: 中国・広東省肇慶周辺)
永暦帝として即位 (年齢: 23歳, 時期: 1646年12月24日, 場所: 中国・広東省肇慶周辺)
1650年
李定国らによる抗清反攻 (年齢: 26歳, 時期: 1650年代前半~中盤, 場所: 中国南部・西南部、広西省、湖南省、貴州省、雲南省など)
1658年
雲南からの撤退 (年齢: 34歳, 時期: 1658~1659年頃, 場所: 中国・雲南省)
1660年
ビルマにおける南明亡命勢力とビルマ王国の武力衝突 (年齢: 36歳, 時期: 1660~1661年頃, 場所: ビルマ王国のアヴァ(現在のミャンマー・マンダレー周辺)とその近郊)
1661年
永暦帝のビルマ亡命(朱由榔, 年齢: 37歳, 時期: 1661年, 場所: 中国・雲南省からビルマ王国へ)
1662年
永暦帝の処刑 (年齢: 38歳, 時期: 1662年, 場所: 中国雲南省昆明市)
永暦帝の死後も続いた明朝復興運動 (年齢: 38歳, 時期: 1662~1683年, 場所: 中国沿岸部、台湾など)
永暦帝の清軍への引き渡し (年齢: 38歳, 時期: 1662年1月22日, 場所: ビルマ王国のアヴァ近郊)
朱由榔の没年 (年齢: 38歳, 時期: 1662年6月1日)
不明
明清戦争 (時期: 17世紀前半~1644年以降, 場所: 中国東北部、中国北部、朝鮮半島北部の国境地帯)
結婚(朱由榔,孝剛匡皇后, 時期: 確実な記録は確認できない, 場所: 確実な記録は確認できない)

地図

グループ
要素
アジア 世界
asia map

関連リンク

他言語

コメント