土木の変と復位を経験した波乱万丈の明朝皇帝

土木の変と復位を経験した波乱万丈の明朝皇帝

明英宗

明英宗は明朝の第6代および第8代皇帝である。1435年、父の宣徳帝の死去を受けて7歳で即位し、正統帝と呼ばれた。幼少期は皇太后や経験豊富な高級官僚が政治を支えたが、後に宦官の王振を重用するようになった。1449年、オイラトのエセン・ハーンに対する親征を行った際、土木の変で明軍が大敗し、本人も捕虜となった。その後、弟の景泰帝が即位し、英宗は1450年に解放されたものの、帰国後は宮中に軟禁された。1457年、奪門の変によって皇位を取り戻し、天順帝として再び統治した。晩年には政務の安定化を図り、宮廷の制度や人身犠牲を伴う殉葬の慣行にも改革を加えた。1464年に36歳で死去し、長男の成化帝が後を継いだ。

年表

分類
要素
西暦 明英宗
1427年
明英宗の誕生 (時期: 1427年11月29日, 場所: 明朝の北京(現在の中華人民共和国北京市))
1435年
正統帝としての即位 (年齢: 7歳, 時期: 1435年1月31日~2月7日, 場所: 北京)
1436年
結婚(明英宗,銭皇后, 年齢: 8歳, 時期: 1436年ごろ, 場所: 明朝の宮廷、北京)
1442年
宦官・王振の台頭 (年齢: 14歳, 時期: 1442年以降, 場所: 北京の宮廷)
1449年
明朝・オイラト戦争 (年齢: 21歳, 時期: 15世紀前半、特に1449年の戦役, 場所: 明朝北部国境、山西省北部、モンゴル高原周辺)
オイラト遠征と親征 (年齢: 21歳, 時期: 1449年7月~9月, 場所: 北京から山西省北部、土木堡周辺)
土木の変 (年齢: 21歳, 時期: 1449年9月1日, 場所: 土木堡(現在の中国河北省懐来県付近))
土木の変による英宗の捕虜化 (年齢: 21歳, 時期: 1449年9月1日, 場所: 土木堡(現在の中国河北省懐来県付近))
景泰帝への皇位移行 (年齢: 21歳, 時期: 1449年9月22日, 場所: 北京)
北京防衛戦 (年齢: 21歳, 時期: 1449年10月~11月, 場所: 明朝の北京城周辺)
1450年
英宗の帰国と軟禁 (年齢: 22歳, 時期: 1450年~1457年, 場所: 北京、紫禁城内の南宮)
オイラトからの解放と帰国 (年齢: 22歳, 時期: 1450年, 場所: モンゴル高原から明朝の北京)
1452年
景泰帝による皇太子の交代 (年齢: 24歳, 時期: 1452年, 場所: 明朝の北京宮廷)
1457年
奪門の変 (年齢: 29歳, 時期: 1457年2月11日, 場所: 北京、紫禁城)
天順帝としての復位 (年齢: 29歳, 時期: 1457年2月11日, 場所: 北京、紫禁城)
1461年
曹欽の乱 (年齢: 33歳, 時期: 1461年8月, 場所: 北京)
1464年
殉葬制度の廃止 (年齢: 36歳, 時期: 1464年、英宗晩年の命令, 場所: 明朝の宮廷)
明英宗の没年 (年齢: 36歳, 時期: 1464年2月23日)
英宗の死去と成化帝の即位 (年齢: 36歳, 時期: 1464年2月23日, 場所: 北京)
不明
結婚(明英宗,周貴妃, 時期: 正確な婚姻年月日は不詳。英宗の妃嬪となったのは正統年間とされる, 場所: 明朝の宮廷、北京)

地図

グループ
要素
アジア 世界
asia map

関連リンク

他言語

コメント