蕩平策を展開し長寿を全うした改革君主

蕩平策を展開し長寿を全うした改革君主

英祖

英祖は朝鮮王朝の第21代国王で、1724年から1776年まで約52年間在位した。粛宗の次男で、側室の淑嬪崔氏を母とする。党派対立の緩和を目指す蕩平策を進め、均役法による軍役負担の軽減、行政改革、学問や文化の振興に取り組んだ。一方、即位後には李麟佐の乱が発生し、晩年の1762年には息子の思悼世子を米びつに閉じ込めて死に至らせるという深刻な事件が起きた。長期政権を通じて王権と国家制度の安定を目指した国王である。

年表

分類
要素
西暦 英祖
1694年
英祖の誕生 (時期: 1694年10月31日, 場所: 韓国・ソウル特別市)
1704年
結婚(英祖,貞聖王后徐氏, 年齢: 9歳, 時期: 1704年, 場所: 朝鮮王朝の漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
1720年
蕩平策の推進 (年齢: 25歳, 時期: 1720年代~1770年代, 場所: 漢城を中心とする朝鮮王朝全域)
1721年
辛壬士禍(辛壬獄事, 年齢: 26歳, 時期: 1721年~1722年, 場所: 朝鮮王朝の漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
1724年
朝鮮北方の国境防衛と女真系勢力への対応 (年齢: 29歳, 時期: 英祖の治世(1724年~1776年), 場所: 朝鮮北部の国境地帯)
英祖の即位と王位継承をめぐる論争(英祖, 年齢: 29歳, 時期: 1724年, 場所: 漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
英祖の即位 (年齢: 29歳, 時期: 1724年, 場所: 漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
法制度・行政制度の整備 (年齢: 29歳, 時期: 1724年~1776年, 場所: 漢城を中心とする朝鮮王朝全域)
1726年
結婚(英祖,暎嬪李氏, 年齢: 31歳, 時期: 1726年ごろに側室となったとされる, 場所: 朝鮮王朝の宮廷(現在の韓国・ソウル特別市))
1728年
戊申の乱 (年齢: 33歳, 時期: 1728年, 場所: 忠清道の清州、京畿道、慶尚道、全羅道など)
清州での李麟佐の乱の鎮圧 (年齢: 33歳, 時期: 1728年, 場所: 忠清道の清州を中心とする朝鮮各地)
1750年
均役法の実施 (年齢: 55歳, 時期: 1750年, 場所: 朝鮮王朝全域)
1758年
カトリック禁止政策 (年齢: 63歳, 時期: 1758年, 場所: 朝鮮王朝全域)
1759年
結婚(英祖,貞純王后金氏, 年齢: 64歳, 時期: 1759年, 場所: 朝鮮王朝の漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
1762年
思悼世子の死と王位継承への影響(英祖, 年齢: 67歳, 時期: 1762年, 場所: 漢城の宮廷(現在の韓国・ソウル特別市))
思悼世子の死 (年齢: 67歳, 時期: 1762年7月, 場所: 漢城の宮廷(現在の韓国・ソウル特別市))
1776年
英祖の死去と正祖への継承(英祖, 年齢: 81歳, 時期: 1776年4月, 場所: 漢城(現在の韓国・ソウル特別市))
英祖の没年 (年齢: 81歳, 時期: 1776年4月22日)
不明
結婚(英祖,靖嬪李氏, 時期: 正確な婚姻日は不詳。英祖が王位に就く前に側室となった, 場所: 朝鮮王朝の宮廷(現在の韓国・ソウル特別市))

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