癸酉靖難による奪権と世祖抑留の治世

癸酉靖難による奪権と世祖抑留の治世

世祖

李氏朝鮮の第7代国王。世宗の次男として生まれ、首陽大君(スヤン大君)とも呼ばれた。1453年に甥の端宗を支える政権を倒す政変を起こし、1455年に端宗を退位させて即位した。王権の強化や行政制度の改革、土地制度の整備、女真族への軍事遠征などを進めた。一方、即位の過程で弟や政敵を排除し、端宗の復位を図った臣下たちを処刑したことから、王位簒奪者としての側面も持つ。後世の朝鮮王朝の統治制度の基礎となる『経国大典』の編纂を推進したことでも知られる。

年表

分類
要素
西暦 世祖
1417年
世祖の誕生 (時期: 1417年11月11日, 場所: 韓国・ソウル特別市(当時の漢城))
1428年
結婚(世祖,貞熹王后尹氏, 年齢: 10歳, 時期: 1428年10月13日, 場所: 朝鮮王朝の王族の婚姻儀礼が行われた漢城周辺と考えられるが、正確な場所は不明)
1445年
首陽大君への封号変更 (年齢: 27歳, 時期: 1445年, 場所: 朝鮮王朝の王宮)
1450年
朝鮮王朝初期の女真族との国境紛争 (年齢: 32歳, 時期: 1450年代~1460年代, 場所: 朝鮮北部、鴨緑江・豆満江流域など現在の北朝鮮と中国東北部の国境地帯)
1453年
癸酉靖難(きゆうせいなん, 年齢: 35歳, 時期: 1453年, 場所: 朝鮮王朝の首都・漢城(現在のソウル特別市))
1455年
端宗の退位と世祖の即位 (年齢: 37歳, 時期: 1455年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)、景福宮)
朝鮮王朝第7代国王への即位 (年齢: 37歳, 時期: 1455年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)、景福宮の勤政殿)
王室祭礼音楽の整備 (年齢: 37歳, 時期: 1455~1468年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)、宗廟などの王室祭礼施設)
1456年
死六臣事件(端宗復位計画, 年齢: 38歳, 時期: 1456年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の王宮および朝廷)
1457年
端宗の流刑と死 (年齢: 39歳, 時期: 1457年, 場所: 流刑地は現在の韓国・江原特別自治道寧越郡。死去の詳細な場所や経緯については史料に異説がある。)
1460年
土地制度の改革 (年齢: 42歳, 時期: 1460年代, 場所: 朝鮮王朝全域)
『経国大典』の編纂推進 (年齢: 42歳, 時期: 1460年代(編纂事業は世祖の死後も継続), 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の朝廷)
1467年
李施愛の乱の鎮圧 (年齢: 49歳, 時期: 1467年, 場所: 朝鮮北東部の咸鏡道(現在の北朝鮮北東部を中心とする地域))
1468年
世祖の没年 (年齢: 50歳, 時期: 1468年10月2日)
世祖の死去と睿宗への王位継承(世祖, 年齢: 50歳, 時期: 1468年10月2日, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の寿康宮)

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