華城建設と文物復興を果たした正祖

華城建設と文物復興を果たした正祖

正祖

李氏朝鮮の第22代国王で、1776年から1800年まで在位した。第21代国王・英祖の孫で、思悼世子と恵慶宮洪氏の次男として生まれた。父の思悼世子が1762年に米びつに閉じ込められて死亡した事件を経験し、即位後は父の名誉回復に取り組んだ。王権の強化と党派間の対立緩和を目指し、王立図書館・研究機関である奎章閣を整備し、有能な人材の登用や学問・文化の振興を進めた。また、商業政策の改革、軍制の整備、水原華城の建設などを推進した。実学者たちを支援し、朝鮮後期の文化的発展を促した国王として評価される。一方、保守派との対立や王位をめぐる政治的緊張も続いた。

年表

分類
要素
西暦 正祖
1592年
文禄・慶長の役 (年齢: 誕生160年前, 時期: 1592年~1598年, 場所: 朝鮮半島各地。許浚は国王の避難に同行し、義州などを訪れた)
1627年
丁卯胡乱 (年齢: 誕生125年前, 時期: 1627年, 場所: 朝鮮北西部から黄海道・平安道方面、江華島など)
1636年
丙子胡乱 (年齢: 誕生116年前, 時期: 1636~1637年, 場所: 朝鮮半島、漢城(現在のソウル特別市)、南漢山城など)
1752年
正祖の誕生 (時期: 1752年10月28日, 場所: 韓国・ソウル特別市(当時の漢城、昌慶宮))
1762年
思悼世子の死(壬午禍変, 年齢: 9歳, 時期: 1762年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の昌慶宮)
結婚(正祖,孝懿王后金氏, 年齢: 9歳, 時期: 1762年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市))
1776年
正祖即位をめぐる暗殺計画 (年齢: 23歳, 時期: 1776年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の王宮)
奎章閣の整備 (年齢: 23歳, 時期: 1776年以降, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の宮廷)
党派融和政策(蕩平策)の推進 (年齢: 23歳, 時期: 1776~1800年, 場所: 朝鮮王朝の朝廷)
第22代国王への即位 (年齢: 23歳, 時期: 1776年4月, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)、慶熙宮)
1789年
父・思悼世子の墓所移転と追尊 (年齢: 36歳, 時期: 1789年以降, 場所: 現在の韓国・京畿道水原市周辺)
1790年
壮勇営の設置 (年齢: 37歳, 時期: 1785年に設置準備、1790年代に拡充, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)および水原)
1791年
辛亥通共の実施 (年齢: 38歳, 時期: 1791年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の市場)
辛亥通共による商業改革 (年齢: 38歳, 時期: 1791年, 場所: 漢城(現在のソウル特別市))
1794年
水原華城の建設 (年齢: 41歳, 時期: 1794~1796年, 場所: 韓国・京畿道水原市)
1800年
正祖の没年 (年齢: 47歳, 時期: 1800年8月18日)
正祖の死去と純祖への王位継承(正祖, 年齢: 47歳, 時期: 1800年8月18日, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の昌慶宮)
不明
文体反正 (時期: 18世紀後半、正祖の治世, 場所: 漢城(現在のソウル特別市)の朝廷・学問機関)

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